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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)652号 判決 1953年9月15日

原告 韓慶愈

<外六名>

右代理人 森川金寿

江橋英五郎

被告 国

右代理人 河津圭一

<外一名>

主文

原告の請求は棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告は原告に対し東京都において発行する朝日、毎日、読売、東京の各新聞紙上に引続き二日間左記謝罪広告を掲載せよ。

『昭和二十六年十一月二十日東京簡易裁判所裁判官岩田省三の搜索差押許可状により警視庁刑事部搜査第二課職員等が東京都文京区小石川町一丁目一番地中華民国学友会館内の貴殿等の居宅及び事務所を搜索差押したことは過失によるものであり、これがため御迷惑をかけたことを陳謝致します。

法務総裁 木村篤太郎

韓慶愈殿

博仁特克斯殿

馬広秀殿

平運達殿

兪誠知殿

黄天恩殿

中国留日自然科学協会殿』

被告は原告等に対し各金参万円及びこれに対する昭和二十六年十一月二十日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第二項の請求につき仮執行の宣言を求め、請求原因として次の通り述べた。

『一、原告韓慶愈以下六名はそれぞれ肩書地の中華民国学友会館内(以下会館という)に居住し、原告中国留日自然科学協会(以下協会という)も事務所を同会館内におくものであるが、昭和二十六年十一月二十日午前七時頃警視庁警察員を主力とする正私服警察職員国家地方警察警察員、海上保安庁職員、福岡地方検察庁小倉支部職員等約二百名が福岡地方裁判所小倉支部に係属中の梁仁豪外五名の関税法違反被告事件につき東京簡易裁判所裁判官岩田省三の発付した搜索差押許可状(以下令状という)

にもとづき前記会館に至り一部は会館の周囲を包囲し、一部は会館に侵入し前記原告等六名の居室及び協会事務所の搜索をなし、原告兪誠智を除く原告等の書類帳簿を押収した。(尤も押収品中原告協会々員名簿及び理工科学技術協会議事録以外については間もなく返還せられた。)右令状は元来福岡地方検察庁小倉支部検察官野村喜兵衞の請求により福岡地方裁判所小倉支部の裁判官の発付した令状が手続上に不備があり、この不備を是正し東京において改めて発付したものである。

二、前記令状請求書に記載された公訴事実は「被告人等は宮城忠雄外数名と共謀の上政府の免許を受けないで、日本内地から中華民国太沽方面に機械類を密輸出しようと企て、昭和二十六年九月三十日午前十時頃大阪市市場の岸壁において中華民国向けの機帆船第二豊漁丸に絶縁線二十巻外二十四品目の貨物を船積しもつて密輸出を遂げたものである」というのであるが、原告等は右公訴事実に何等関知していない。

三、前記令状請求に際し刑事訴訟規則第百五十六条第一項の資料として前記関税法違反被告事件の一件記録、同法第三項の資料(差押えるべき物の存在を認めるに足る状況があることを認めるに足るべき資料)として、被告人梁仁豪が昭和二十四年三月頃より約一年間本件会館において独学したことがある旨の同人の供述調書(昭和二十六年十月三日附大蔵事務官森正作成の調書及び門司市警察署司法巡査清開作成の調書)があるのみである。然るに之に依つても、原告等は前記被告事件と何等関係がなく又関係のあることを疑うに足る根拠がないのみか前記梁仁豪は昭和二十二年夏頃より昭和二十三年五月頃まで会館に居住していたことがあるだけで、同人と原告等は何等交際もない。前記梁の供述調書に同人が昭和二十四年三月頃より同二十五年三月頃まで事件会館に居住したとの供述があるとしても、この一事をもつて会館の居住或は使用者である原告等が梁の被告事件と何等かの関係があるとして令状を請求したことは刑事訴訟規則百五十六条第三項の「差押えるべき物の存在を認めるに足る状況があることを認めるべき資料」を提出したとは言い難く従つてその令状請求には検察官の過失があるものといわなければならない。即ち右同項所定の資料がないにも拘らず、これを看過した過失がある。又軽卒に令状を発付した裁判官にも同様過失があるといわなければならない。なお本件令状は前記のとおり刑事訴訟規則第百五十六条第三項の要件を具備しないのに右規定に違反して請求されたものであるから違法の令状である。本件の検察官富田康次、裁判官岩田省三はいづれも国の公権力の行使に当る公務員であり、本件原告等の損害は右公務員がその職務を行うについて過失により違法に原告等に加えたものであるから、国家賠償法第一条にもとづき国はこれが損害につき賠償の責がある。仮に前記富田検察官岩田裁判官の令状の請求発付につき過失がないとするも右令状発付の資料となつたものは、国家地方警察本部係官が故意又は過失により虚偽の情報を措信して作成提出したものであるから、右により原告等の蒙つた損害は国において賠償すべき義務がある。

≪四、(1)―(7)中略≫

五、原告等は前記搜索差押により甚しくその名誉を毀損されたのみならず、昭和二十六年十一月二十日附東京、毎日朝日、読売の各新聞紙(夕刊紙)上にそれぞれ「密輸で国際共産党の資金稼ぎ、けさ中華民国学友会館を急襲」なる旨の三段ないし五段抜きの大見出しをもつて原告等が中共密貿と関係がある如き印象を与える記事が報道せられた。なお東京新聞には原告韓慶愈同兪誠智同留日自然科学協会の氏名又は、名称、毎日新聞には原告博仁特克斯、同留日自然科学協会の氏名又は名称、朝日新聞には原告留日自然科学協会の名称、読売新聞には原告博仁特克斯の氏名が記事中に表示されており、甚だしく該当者の名誉を毀損したものである。この新聞報道は本件の違法な令状が発付されたことに起因するもので、しかも検察官及び裁判官において報道関係者に事実を漏洩した結果である。従つて原告等はこれが名誉回復のため請求趣旨第一項記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに原告等が違法な搜索差押えのため名誉を毀損せられ、これがため蒙つた精神的損害は莫大なものでこれを金残に見積れば各原告につき各金参万円以上に相当する故原告各自に金参万円及びこれに対する不法行為成立の日たる昭和二十六年十一月二十日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める』

立証として甲第一号証の一から四、同第二号証の一から四、第三、四号証を提出し、証人富田康次、同岩田省三、同野村喜兵衞、同田中恒明、同三谷雅司、同児島義夫、同許雲峯の各証言及び原告本人韓慶愈、原告代表者本人張椿蘭の各尋問の結果を援用し乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

『原告等の請求原因事実中第一項の事実、第二項の事実中令状請求書に原告等主張のような公訴事実が記載されていたことは認めるが、原告等が本件令状請求書記載事実について何等関知しないとの点は否認、第三項の事実中本件令状請求に際して刑事訴訟規則第百五十六条三項の資料として関税法違反被告事件に関する一件記録を提出したことは認めるが、右一件記録のうちに原告等主張の調書の外「差押えるべき物の存在を認めるに足る状況があることを認めるべき資料」がないとの点及びその他の事実は否認、第四項の事実中(1)から(6)まで原告等の国籍が主張のとおりであることは認めるが、その経歴は不知、(7)中国留日自然科学協会がそのような目的を掲げていることは認めるが、その組織事業の実態は不知、第五項の事実中原告等主張の新聞紙上にその主張のような文言の見出し記事が発表され、記事中に、原告等主張の氏名又は名称が表示されたことは認めるが、新聞記事により原告等がその主張のような損害を受けたことは不知』

立証として乙第一号証、同第二号証の一、二同第三号から十九号証を提出し、証人三谷雅司の証言を援用し、甲第一ないし第三号証の成立を認め、同第四号証は不知と答えた。

理由

原告韓慶愈以下六名が肩書地会館内に居住し、原告協会も同会館内に事務所を有すること、原告等主張の日時に警視庁警察員その他約二百名が原告等主張の令状にもとづき会館を包囲し、原告等の居室及び事務所を搜索し、その主張のように書類帳簿等を押収したこと、右令状が原告等主張のような経過により発付されたこと、前記令状請求書記載事実が原告等主張の如くであり、その令状請求に際し、原告等主張のように刑事訴訟規則第百五十六条第三項の資料として梁仁豪外五名に対する関税法違反被告事件の一件記録の提出せられたこと、原告等主張の新聞紙上にその主張のような文言の見出しの記事が発表され記事中に原告等の氏名又は名称が表示されていること、前記原告等六名の国籍がその主張のとおりであり、原告協会がその主張のような目的を掲げていること等の事実はいづれも当事者間に争がない。

そこで検察官、裁判官の過失の点について検討してみるに証人富田康次、同野村喜兵衞、同岩田省三、同田中恒朗の各証言によると、成立に争ない乙第二号証の一、二同第十三号証の一、二の資料にもとづき、検察官は刑事訴訟規則第百五十六条第三項所定の資料が具備しその必要性があるものと認め本件令状を請求し、裁判官はその請求にもとづき、同法同条同項の令状を発付するに足る資料を十分と認めた上その必要性を判断し発付したことが認められるのである。

仮に右請求や、発付につき事後において客観的に観察した場合、資料不足の不当があり、法令が欲せざる所謂見込搜査であるとの非難を甘受せねばならぬにしても、その不当につき、検察官裁判官において過失のあつたとする為には他に猶原告等により主張立証を要するものと考えられる。蓋し検察官、裁判官がその職務を行うに当り事実の誤認又は法律の不知若しくは誤解があつたため事件の処理を誤り他人に損害を及ぼした事実があつたとしてもその過誤をもつて常に必ずしも検察官や裁判官の過失に出でたものということのできぬは論なく、唯その過誤が検察官、裁判官の不注意又は怠慢等その者の責に帰すべき事由に原因する場合に限り過失ありということができるのであつて本件においては令状の請求、発付につき検察官、裁判官に特に不注意又は怠慢等のあつたことを認めるに足る証拠は全然ない。もとより場合によつては当該行為自体より故意過失と推認し得ることもないではないが本件令状の請求及び発付自体は一応形式を整えており、前記乙第二、三号証、同第十三号証の一、二の資料にもとづく令状の請求発付が、その判断の対象たる資料につき起訴後の証拠資料の如く証拠能力等につき制限もなく伝聞証拠でも足り又必ずしも書面によることを要しないものとしている如くであり、その解釈には論議の余地ありとするも、何人と雖も普通の注意を用いたならば直に違法であるといい得るものとは断じ難いので、本件において検察官、裁判官がこれを以て適法且十分の資料と認めたことが仮に誤解であるとするも、その誤解自体をもつて過失ありと速断することは相当でない。

次に警察職員の故意過失について検討してみるに証人小島義夫の証言によると前記関税法違反被告事件につき取調中、梁仁豪の供述により同人が本件会館に居住していたことが判明した矢先、偶々ある方面から本件会館に居住している中国人数人の室に右被告事件に関連する証拠が存在する旨の情報(乙第二号証の二)があり、しかもその情報提供者からは情報の提供がそれまでに数回あり、結果的に見て措信できると思料せられたので前記被告事件の証拠を得るため検察官に令状の請求を求めたことが認められる。従つて故意のないことは明かといわなければならないし、過失の点についても前記検察官、裁判官におけると同ようのことがいい得るのでこれ又過失ありと認めることはできない。なおその資料については前記せるとおりであるが、その資料提供者の氏名は政策的に表示できないこともしばしばあるので、これがためにその資料の信憑性には何等影響を受けるものではない。本件の資料の一部(乙第二号証の二)がかかるものであつたことは前記証人小島義夫の証言よりもこれをうかがえる。

以上の認定よりすればその他の点の判断をなすまでもなく原告等の本訴請求の理由のないことが明かであるから、その他の点についての判断はこれを省略し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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